ラグビーの試合中、インカムで話すこと
公式戦になると、コーチはグラウンドには入れず、コーチングボックスという観客席により近いところに移動する。
このインカムを通じて交わされる会話は、試合のレベルやチームの成熟度によってその内容が変化する。
コーチが何を話しているのか、気になる人もいると思うので、それについて書きたいと思う。
今回は大学トップレベルのコーチが実際に何を話しているのかがテーマになる。
インカムを通じた「報告」と「指示」
試合中のインカムの使用目的は、主に以下の2つに集約される。
1. 事務的な情報伝達
- 怪我人の状況報告: グラウンドにいるメディカルスタッフから、選手の怪我の状況が報告される。これに基づき、交代が必要かどうかを決める。
- 戦術的な交代: 試合の流れや選手のコンディションに応じて、交代を指示する。
この2つは基本的に事務的に行われる。
特にけが人の情報に関しては、選手の安全性に関わるので慎重に行う。
戦術交代に関しては、できるだけベストタイミングでしたいため、シビアに行われる。

2. 選手への指示やアドバイス
ラグビーの試合映像でも、指示をしていそうなシーンはよくあると思う。
当然だけど、選手への指示やアドバイスは積極的に行う。
ただ、試合中に選手への指示を通すことはかなり難しい。
目まぐるしく状況が変化するため、対応しきれないことはザラ。
2015年のラグビーW杯南アフリカ戦では、最後の場面のペナルティでエディー・ジョーンズHCはPGを指示したが、
グラウンドの選手はスクラムを選択し、引き分けよりも勝利を目指し、見事大金星をあげた、ということがあった。
このことは美談として語られることが多いが、コーチ目線だとかなりのヒヤヒヤものである。
このことからも、指示を通すのは難しいのはわかってもらえると思う。
「自走するチーム」におけるインカムの役割
チームが成長し、選手が自律的にプレーできるようになると、インカムの役割も変化する。
事務的な伝達事項については、特に変化はない。
安全性に関わる場面になるので、ここについては常に厳戒態勢で行う。
変化していくのは、指示とアドバイス。
単なる指示やアドバイスではなく、中身が微妙に変化していく。
1.選手が何を話しているかを聞く

コーチから指示を飛ばす、というイメージのインカムだが、
私がよくしていたことは、逆に「選手が何を話しているか」を聞く。
チームトークの際に、コーチが介入せず、聞き耳を立ててもらう。
「みんな何話しているか教えて!」
選手が状況や現実を分析・理解して、やるべきことがまとまっていれば特に問題はない。
しかし、もし、話している内容がズレていたり、抽象的すぎる場合、何か困っている場合には介入する。
普段の練習からもチームトークは練習しているため、ある意味「いつも通り」ではある。
選手がいつも通りの力を発揮できるようにしたいので、いつも以上の過剰な介入は避けている。
アドバイスや指示を出した時に、
「すでに選手間で話していたので、こちらからは何も言っていません」
とグラウンドにいるコーチに言われることが増え始めた。
「俺のやることないじゃん…」と思ったけれど、
チームとして自走していることを感じられる、という重要な場面。
2. 選手への後押し

適切な選択ができていても、試合の状況下でうまくいかない時は山ほどある。
その時には「選択は間違ってないよ」と後押しする。
誰だってうまくいかないと自信を無くし、不要な選択をしていまうからだ。
選手のチャレンジに関して、コーチからもその意図を汲み、後押ししていくことは重要。
チャレンジに後押しがなく、叱責があれば選手はチャレンジをしなくなってしまう。
積極的に声掛けをしていきたいところ。
- 選択をしたことへの後押し(ナイスチャレンジ!)
- 選択肢への是非(今の選択は、どうだった?)
- 他の選択肢の提案(他に選択肢ある?)
これらを通して、選手の選択を後押しする。
3.褒める(遊び心)

当たり前ではあるが、選手を褒める。
得点をした選手はもちろん、それ以外の選手についてもしっかりと観察して褒める。
得点をしなくても、チームにとって大きな影響を及ぼすプレーはたくんさんある。
そのプレーを見逃さずに褒めることは、チームをポジティブな雰囲気にする。
また褒めることには、多少の遊び心も加える。
例えば、
コーチの指示やアドバイスがぴったり的中し、トライになった時には、「どうしたしまして」と伝えることもある。
もちろん、選手の力で得たものではあるが、良いニュースを共有することは大事。
きつい試合中に、笑顔を出せる時間が一瞬あるだけで、違う。
ある意味たまたまでもあるので、一瞬喜びを分かち合って、次に切り替えてもらう。
選手が一生懸命練習していたサインプレーが成功した時には、「おめでとう」と伝える。
これも同様ではあるが、最終的には「次やるべきことに集中しよう」という切り替えるためのメッセージでもある。
手前味噌ではなるが、ある種の信頼関係が基で成立できたものだろうと思う。
まとめ:エディ・ジョーンズでも難しい時がある
ラグビーの試合中にコーチができることは意外と少ない。
インカムで指示やアドバイスをし、選手の後押しをするくらい。
もちろん、良いタイミングでの選手起用や、的確な指示はチームを助ける。
試合になってしまえば、いくらエディー・ジョーンズHCでも指示は通らない。
それだけ難しいことではある。
コーチに必要なのは、「どれだけ普段の練習通りできるように後押しするか」だと思う。