サッカーW杯や日本代表の話題が続く今、Disney+で配信中の「ネクスト・ゴール・ウィンズ」を観ました。
タイカ・ワイティティ監督、マイケル・ファスベンダー主演のこの作品、正直タイトルだけ見て「よくあるスポ根コメディかな」くらいの気持ちで観たのですが、思いのほか「コーチという生き物」について考えさせられる一本でした。
普段はラグビーの現場に立っている私ですが、フットボールという意味ではサッカーもラグビーもルーツは同じです。今日は少し畑違いの視点から、このサッカー映画をレビューしてみたいと思います。
どんな映画なのか
舞台はアメリカ領サモア代表です。かつて国際試合の歴史に残る大敗を喫し、「世界最弱」と呼ばれたチームに、荒れたキャリアを持つコーチ、トーマス・ロンゲンがやってくるところから物語が始まります。 実はこの映画、2011年に実際にアメリカ領サモア代表を率いたトーマス・ロンゲン氏の実話がベースになっています。ただ、監督のタイカ・ワイティティ本人が、ロンゲン氏にこう伝えていたそうです。
“I twist the truth, but at the end of the day, it’s all about slowing down and enjoying the moment”
(訳:僕は事実を少し捻っているところもあるけど、結局のところ大事なのは、立ち止まって今を楽しむことなんだ) ―― タイカ・ワイティティ(ロンゲン氏本人の証言として) 出典: Goal.com
つまり監督自身も、物語を面白くするために事実に手を加えている部分があると認めているということです。というわけでこの記事も「実話ドキュメンタリー」としてではなく、「エンタメとして脚色された作品」として観た感想として読んでいただけたらと思います。
作品はDisney+で配信中なので、気になった方はこちらからチェックしてみてください。 Disney+で「ネクスト・ゴール・ウィンズ」を観る
| タイトル | ネクスト・ゴール・ウィンズ |
| 配信 | Disney+(ディズニープラス) |
| 公開年 | 2023年 |
| 話数 | 1時間45分 |
| ジャンル | ドラマ・コメディ |
序盤の「あるある」なコーチ像

観ていて最初に「あ、これはあるやつだ」と思ったのが、序盤のロンゲンが、まさに「よくあるダメなコーチの型」そのものだということです。
- 選手を叱ることが殆どで、威圧的な態度
- 自分のやり方を疑わず、押し付けていて、現地の文化や選手の背景を軽く見ている
- 選手から信頼されていない理由を、自分のせいではなく周りのせいにする
程度の差はあれ「あー、こういうコーチ見たことあるな」と思う方は少なくないはずです。特に「日曜は練習しない」というチームの文化的な理由に対して、最初イライラを隠せていないシーンは象徴的でした。勝つために必要だと信じているやり方が、目の前の選手たちにはまったく響いていません。この噛み合わなさが、みんなが思い浮かべる「悪いコーチ」のイメージを、表現している感じがしました。
変化のきっかけは「教える」から「一緒にいる」へ

話が進むにつれて、ロンゲンの姿勢も少しずつ変わっていきます。印象的だったのが、フィジカルトレーニングを選手にやらせるだけでなく、自分もその輪の中に入っていくシーンです。命令する側から、一緒に汗をかく側へ。
そして終盤、ターゲットとなる試合で、前半はうまくいかず、これまでと変わらない態度を見せます。激高し、「なぜやらない?!」と感情をモノや選手にも向け、挙句の果てに試合を投げようとします。
一時は絶望的と思われたが、ようやく周囲の人から諭され、落ち着きを取り戻すことができます。
そしてロンゲンが選手たちに向かって「所詮はゲームなんだから、戦術というやりは、まずは楽しもう」というようなことを伝えていたと記憶しています。勝利至上主義から降りたときに、逆に選手たちがのびのびとプレーできるようになっていく、というこの流れは、コーチという仕事の面白いところをよく表しているなと感じました。
でも、ここは一言だけ言わせてください
ここまで「良いコーチ・悪いコーチ」のような対比で書いてきましたが、一つだけ言っておきたいことがあります。
映画序盤で描かれる「選手の文化やアイデンティティを最初は受け入れられないコーチ」という表現がありました。
このチームには、トランスジェンダーの選手ジャイア・サエルアという選手がいます。その選手に対して戸惑うシーン、実は実際のロンゲン氏とはだいぶ違うようです。MLSSoccer.comのインタビューによると、以前の外国人コーチたちがジャイアをパスポート上の名前で呼んで距離を置いていたのに対し、本人は就任初日から彼女をジャイアという名前でちゃんと呼んでいたと振り返っています(出典: MLSSoccer.com)。
つまり「最初はダメなコーチだったけど、選手たちとの関わりの中で成長した」というストーリーの型は、あくまで脚本上の演出であって、実際にあった出来事ではありません。ここを「実在のコーチが本当にこう成長した」というふうに紹介してしまうと、事実とは違う話になってしまいます。
とはいえ、この「みんなが思い浮かべる、うまくいかないコーチとうまくいくコーチのイメージ」がここまでわかりやすく描かれているのは、それはそれで面白いなと思います。フィクションだからこそ、私たちが無意識に持っている「良いコーチ像」「悪いコーチ像」があぶり出されている感じがしました。
コーチとしてのルーツにも触れておきたいです
調べていくうちに辿り着いたロンゲン氏本人のインタビュー(MLSSoccer.com。MLS = メジャーリーグサッカー、アメリカとカナダのプロサッカーリーグの公式メディアです)は、コーチとしても学びのある内容でした。
先ほどのジャイア(トランスジェンダーの選手)の件もこのインタビューからのものですが、それ以外にも印象的だったのが、ロンゲン氏が自身の指導観の変化について振り返っている部分です。
“You get more out of individuals by having greater personal relationships, tapping into their positives, negatives, how they work… And I learned that on that island – to actually expose at times your weaknesses and show vulnerability, show that you’re human.”
(訳:選手個人との関係を深めて、その人の長所や短所、どう動くのかを理解することで、より多くを引き出せるんです……あの島で学んだのは、時には自分の弱さをさらけ出して、人間らしくいることを恐れないということでした) ―― トーマス・ロンゲン 出典: MLSSoccer.com
MLSの複数クラブやアメリカ代表の年代別チームを率いてきた実績十分の指導者が、キャリアの終盤になって「弱さを見せることが選手を引き出す」とあらためて言葉にしているのは、率直に重みを感じました。映画では「頑固で選手の文化を軽視するコーチが、選手との関わりの中で変わっていく」という分かりやすい物語として描かれていましたが、本人の言葉で語られるとその変化の中身がもう一段リアルに響いてきます。
映画の中では「文化を軽視するコーチ」として描かれた序盤があった一方で、本人は実際には就任当初から文化への敬意を大事にしていたと振り返っています。ここでも、映画の演出と本人の実像には距離があることがわかります。
“Other foreign coaches had not respected their culture, first and foremost. I feel that was huge in endearing me to the players.”
(訳:他の外国人コーチたちは、何よりもまず彼らの文化を尊重していませんでした。そこが、選手たちに受け入れられた大きな理由だったと思います) ―― トーマス・ロンゲン 出典: Sky Sports
ちなみにロンゲン氏はオランダ出身で、MLSでのコーチ経験も豊富な、いわば実績十分の指導者です。サモア就任の直前には前職を解任されたばかりだったというので、本人にとってもキャリアの浮き沈みの中での挑戦だったようです。
サッカーもラグビーも、同じフットボール
普段見慣れないサッカーの現場を通して、コーチングについて振り返る良い機会になりました。ラグビーもサッカーも「フットボール」という同じ土台を持つスポーツですから、コーチと選手の距離感や、勝ち負けを超えたところにあるチームの空気感には、通じるものを感じずにはいられませんでした。
この映画はエンタメ作品として、すごくポップで見やすく、面白い映画でした!
次回も、また違う角度からコーチングを考える一本を紹介していきたいと思います。
参考サイト
- Thomas Rongen interview, MLSSoccer.com:
https://www.mlssoccer.com/news/mls-cup-to-taika-waititi-s-next-goal-wins-the-thomas-rongen-story - Thomas Rongen interview, Sky Sports:
https://www.skysports.com/football/news/11096/13041983/thomas-rongen-interview-winning-with-american-samoa-the-world-s-worst-team-and-being-played-by-michael-fassbender - Thomas Rongen interview, Goal.com:
https://www.goal.com/en-us/lists/thomas-rongen-next-goal-wins-american-samoa-michael-fassbender/bltd774df1ba19135f5

